遙かなる

こやまん

2010年09月05日 12:16

「あの稜線まで行こう。」
「私、この景色で充分よ。」
「稜線に立つ感慨は別世界なんだ。」

遙か30年前、友と来た。
その時留守番していた女房に、
この別世界を見せたくて来た。

ここは、駒ヶ岳、千畳敷カール。

が、
一気に3000m級の高さまでバスとロープウェイで来たせいだろうか、
心臓がイヤな鼓動をし始めた。
心臓バイパス手術以来、心臓の鼓動には敏感になってしまう。

振り返れば、雲海の上に南アルプスの山並み。少し休んで、この風景を堪能して稜線に出掛けよう。
しかし、心臓の鼓動は変わらない・・・・。

「行こう、ゆっくりゆっくり行けば大丈夫だ。」
「大丈夫なの?私はもうそこのお花畑の遊歩道で充分よ。」
「稜線に立って、南アルプスと北アルプスを望むんだ。」

歩くこと10分。心臓はますます妖しい鼓動を大きくする。
「ねぇ、止めましょう、体力不足もあるのよ。」
「稜線に立つと、それはそれは・・・・。」

遊歩道側に歩みを変える。
稜線をあきらめる。

♪見渡せばもっと高い山 いいさ俺には俺の覚悟はある

お花畑で写真を撮っていると、同年配の夫婦が、
「シャッター押しましょうか?」

「上まで行かれました?」
「遊歩道を散歩してます^^;30年前には稜線まで行ったんですけどね。」
「私は、途中で目眩がして、あきらめて降りてきました。」
「それは、悔しいですね。稜線に立つと別世界ですからね。」
「そうですか、30年遅かった・・・・。」

その夫婦は、お花畑のベンチに腰を下ろし、切り立つ山のカーテンを見上げ、あれが駒ヶ岳か宝剣岳か、あの向こうに北アルプスか、
「30年遅かった・・・・。」
「また来れば、いいじゃない。」
長い時間、優しい夫婦の時間を噛みしめているようだった。

そのほど近い丸太のベンチでは、
もう一組の夫婦が、同じように長い時間、遙かなる山と時間を見上げている。
男は、友達とふたり、稜線に向かって山を登る二十代の若き自らの姿を山肌に描き、稜線で女房に景色を自慢する五十代の自らの姿を想像していた。

♪かっこわるいほうが かっこいいんだ ベイビィ!

「装備もみんな本格的ね。」
「登山なんだな。こっちは今も30年前もスニーカーにジーパンだ。」
「帰りに靴でも見ていく?」
「トレッキング・シューズかぁ、それも長い間、憧れだったなぁ。」

また来る。きっと来る。
30年変わらぬ姿で山はここにあったのだから、また来るまで変わらぬ姿のまま待っていてくれるに違いない。

ここは、遙かなる中央アルプス、駒ヶ岳、千畳敷カール。
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